| 1991〜 |
鈴木、水澤で念願のバンド結成。以来デモ・テープ作りを始める。 |
| 1992〜 |
現在の前身バンド(3人、当時はドラムレス)で初ライブ。
後にドラムスの伊東が加入。 |
| 1992.12 |
paint in watercolourのオープニングアクトを務める。 |
| 1993.1〜 |
月1回ペースで新潟、東京でライブ活動。
この時、下北沢shelterの昼のオーディションで偶然にN.G.THREE と一緒になり、新井氏と出会う。 |
| 1994.5 |
extension58を結成。
(ギターが抜けて鈴木、水澤、伊東の3ピースとなる) 以降、月1回ペースで新潟、東京、大阪で更に積極的にライブを展開。
<新宿jam,下北沢shelter,que,251,slits(!), 三茶heaven's door,難波bears,rockets,新潟woody>
同時に自主制作のシングル・カセットを計7本リリース。 次第に注目を浴びるようになる。 |
| 1996. |
下北沢queで思いがけなくN.G.THREEと一緒に企画に参加。 |
| 1996.4〜9 |
その後も難波、そして新潟でもN.G.THREEとライブ。
その際に新井氏にプロデュースの依頼をしたところO.K.がでる。 |
| 1997.1 |
新井氏を新潟に向かえレコーディングを開始。(7曲録音)
古閑さんに聴いてもらったところ、気に入ってもらいリリースの話がもちあがる。 |
| 1997.2 |
アルバムにするため東京にて残り2曲を録音。 |
| 1997.6.27 |
ファーストアルバム「ビート・マスター」をK.O.G.A
Recordsより 発売。(プロデュースはアライクン) 同日、レコード発売記念ライブを下北沢shelterで行う。 |
| 1997.7 |
その後も大阪難波rocketsでレコ発ライブ。 |
| 1997.8 |
故郷に錦を飾るべく、新潟woodyでレコ発ライブ。 古閑、新井両氏を迎え、5人で夢のセッション演奏。(woody超満員)
また好セールスを記録したタワーレコード新潟店でインストアライブ。 |
| 1997.12 |
ベースの水澤、事情により突然の引退を表明。 練習スタジオでバイトしていた土本と出会う。加入決定。 |
| 1998.1 |
惜しまれながら水澤、十三fandangoで最後のステージ。
(今後は、オルガン奏者としてレコーディングに参加) 新メンバーで第2期エクステンションの再スタートをきる。。 |
| 1998.3 |
Tinstar Recordsよりレコーディングの依頼を受ける。 |
| 1998.8 |
レコーディングを開始。 |
| 1998.9 |
杉浦英治(SUGIURUMN)、鈴木によりリミックスのレコーディングを開始。 |
| 1999.2.22 |
7インチ・アナログ+12cmマキシCD「EXTENSION5898e.p.」を
一部店舗にて先行発売。 |
| 1999.2.27 |
レコード発売記念ツアー「EXTENSION TOUR
5898」。 新宿JAMを皮きりに東名阪新にてライブを行う。 尚、ツアーには全日程、杉浦英治氏がDJで同行。 |
| 1999.3.1 |
「EXTENSION5898e.p.」を全国一斉発売。 |
| 1999.4 |
このころより曲量産態勢の勢いが止まらず、すでにアルバム用の曲が出来上がってきて、2NDアルバムをとるリハを開始。このころ高野勲氏の参加も本格的に持ち上がってくる。 |
| 1999.5 |
もう勢いだけでレコーディングに突入。それが良かった。それで良かった。土本もほとんどの詞を手がけるようになり、なくてはならない存在へ成長する。 |
| 1999.6 |
ミックス含み7日間でレコーディング終了。高野勲氏も計7曲参加。力作が出来上がった。7 |
| 1999.10 |
待望のセカンドアルバム「Sail On!」K.O.G.A
Recordsより発売。(プロデュースはK.O.G.A)7 |
| 1999.11 |
レコ発ツアーをレーベルメイトのメロディオンズ、Grasses64と東京、大阪、名古屋、新潟で盛大に展開。 |
| 2000.4 |
高野勲氏に次作のプロデュースを依頼。 |
| 2000.9 |
いよいよレコーディングに入る。今回は4曲だけに絞られ、シングルでのリリースに決定。 |
| 2001.1 |
満を持して「Hello,It’s Me!」をK.O.G.A
Recordsより発売。(プロデュースは高野勲)田中貴(サニーデイサービス)、細野しんいちがゲス ト参加。 レコ発ツアーは大阪、そして初の神戸。 |
| 2001.2 |
東京は251で「ヤングスキンズ、ナーズ、JOEY」という大好きなメンツでレコ発。高野参加。バンドにとっても最高の思い出となる。 |
| 2001.3 |
レーベルメイト「browny circus、ゴーグルエース」とこれまた初の北信越ツアーを敢行。福井、金沢、新潟、長野とそれぞれの地元でライブ。 |
| 2001.4 |
土本が実家に帰るということで脱退を余儀なくされる。鈴木、伊東の2人で第3期エクステンションをスタート。 |
| 2001.5 |
バンド再構築の決意を胸に鈴木は、単身ロンドンへバンドを視察しに行く。 |
| 2001.7 |
ベースに星野真理亜が参加。 |
| 2001.9 |
約3年半ぶりに初代ベーシスト、水澤をサポートメンバーという形で再び迎え、活動を行う。 |
| 2001.12 |
2001年後半は地元を中心にライブを行う。 |
| 2002.5 |
バンドも8周年。 バンドの歴史の半分、4年間弾いてもらっていた水澤も引退を宣言。 |
| 2002.8 |
新メンバー、金子龍成(ベース)を迎え、新たなる第4期エクステンションをスタート。 |
| 2002.10 |
さらに新メンバー、斎藤政直(リードギター)が流星加入、オリジナルメンバーとして初の4人体制となる。最高にして最強な磐石な布陣を9年目にして構築。 |